2004年12月04日

宗門の学会員折伏教本

日蓮正宗のHPに創価学会員への折伏教本が載っている。
http://www.nichirenshoshu.or.jp/jp/basics/shakubuku_kyohon/mokuji.html

学会員のどういう行いが違うとか、宗門側からの見解が書かれているが、
読んでいてそうだなと思う所もありつつ、
子供の喧嘩のように
「こういう所が間違っているので早い学会からの脱会をお勧めします」
などという言葉が、ひとつの記事ごとに連呼されていて、
なんだか読むのにも脱力してしまう。

だいたい学会員は池田氏に付いていくのに決まっているので、
宗門と離れた時もさほど問題なく皆で破門になった。
その時に学会へ疑問がつのっていた人は宗門に付いたのだと思う。
直後、誰が宗門に付いたとか付かないとかを調べて
宗門からの脱講をさせるべく家庭訪問などをしていた。
私はどっちに居ても南無妙法蓮華経をたもつことが大切だと思っていたので
ほとんど脱講活動には関心無し。
当時はうちの仏壇にもそれを祈念する項目があがっていたけれど
そんなものはどうでもよかった。

私にとっての心の拠り所は、ご本尊の前に座る事。
静かに自らと向き合い、考え、手を合わせることだ。
私の宗教の観念はそういうもの。
決して嫌々選挙活動したり、新聞啓蒙する事ではない。
もし私という人物の信頼性や人生を通して、
一緒に手を合わせたいという人がいたのなら、
私は喜んで手を引いて共にご本尊に向かうだろう。
無理に引きずり込むのではなく、それが本当の折伏のはずだ。

「折って伏せる」様な布教を「折伏」と言い、
「易しく教えを説き相手がやるというまで待つ」のを「摂受(しょうじゅ)」と言う。
今は折伏の時代と言うが、ここで会員が増えないとなると
学会はとんだ勘違いをしていることになる。

悩んでいる人が目の前に現われるようにと祈るのは
折伏して福運を積みたいからという欲に過ぎない。
それを逆手にとって折伏を促す学会は、やはり営利団体だ。
日蓮聖人がいくら御書で折伏の時代と書いているとはいえ、
本当に日蓮仏法を広めていきたいのなら、折伏は外部のマイナスイメージを考えて
もっとフレキシブルに戦略を立てる必要があるだろう。
街のイベントには積極的に参加するとか、地域の有力者を丸め込むとか、
そんな事じゃ学会は広がらないよ。
一般の人々は学会員よりとっても頭が良くて、
学会員を冷静な目で判断している。

そんなに福運を積みたいのなら自分の今までの振る舞いを改め、
人の気持ちを考えて行動すべきだろう。
そうした方がよっぽど会員は増えるはずだ。

posted by ありさ at 00:00 | TrackBack(0) | 格納 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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