2004年11月20日

教学試験

今、教学試験の勉強をしている人がたくさんいると思う。
私も今まで随分と勉強をした。
袈裟を着たその筋では偉い誰かさんを僣聖増上慢とか、
何だか都合の良い解釈ばっかり教わりましたが。。。

私がもし次に受験するとしたら、
その級は最近ほとんど試験の予定がされない。
だいぶ内容的にも突き詰めてくると、試験の方式もコロコロ変わる。
面接だけで合格とか、論文書いて合格とか(読書感想文か)、
あるいはペーパーと面接が両方あるとか、
その時によってまちまち。
恐らく答案用紙には
学会にとって迷惑な人や物を破斫しろとかあるだろう。
(破斫(はしゃく)=対象の人物や出来事を御書の見地から
どう悪いのかと説明することです)
そんなのやってられないよと思うのですが、
とにかく御書が勉強できるのなら、私はどんどん突き詰めたい。

そして絶対に自分で納得できる、学会活動の破斫がしたい。

自分が3世として精神的にどういう状態にあるとか
そういうことを医学用語で語ることができるが、
私の弱点は、学会活動の真実を、
組織が御書に反して成り立っている事を
御書を通して証明するのが苦手なこと。
人にはいつか、自分を確立するために
強くならなくてはならない時が来ると思う。
私にとって、まさにそれが今。
自分にとって、何が必要なのか、何が不要なのか。
取捨選択の間に悩み、考える。
それは周りに流されたり、よそ見をしたら
ダラダラと行きたくない方向に体が向いてしまう。
自分が思う方向に進んで行きたい。
そう思ったら、納得行くまで突き詰めたいのだ。
これは長年かかっていたマインドコントロールの後始末だ。

新しい挑戦。

posted by ありさ at 00:00 | TrackBack(0) | 格納 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。