2004年11月10日

生きる

私は一時、生きるということがどういうことだか忘れかけたことがありました。
心のなかで学会への不信度が100%になり、
福子(親が会員でいやおうなしに入会した人)として
人生の全てだった学会を投げ出そうとしたと同時に
自分というアイデンティティをなくし、
私は本当にこれからどうやって生きていってよいか
全くわからなくなったのです。

その時、私を救ってくれたのは「薬」でした。
薬といっても、麻薬とか違法の薬ではありません。
精神科や心療内科で処方される、「抗不安薬」です。
私は少しの間、心療内科に通っていましたが、
そこに通い始めるのにもかなりの勇気が必要でした。
そういう類の診療を受けるのは、精神病者だと思っていたからです。
私は精神病なんかじゃない、ただ悩んでいるだけなんだと、
心の中で拒否をし続けていました。
しかし、突き詰めて悩んだ時、からっぽで抜け殻の私は
「こんなに悩まないといけないなら死ぬ」と決意してしまったのです。
その時、自分の死の観念と初めて向き合いました。

仕事中でも無意識のうちに涙が出てくるので、
とうとう会社にも通えなくなってしまいました。
近所の道を歩いているとき、小さな子供がお母さんに手を引かれているのを見て、
私も悩みを相談できる親を持ちたかった、
もし相談できたなら、こんなに自分は腐ってなかっただろうと
ふと思いました。
母は会社に通えない私を世間体が悪いと思っていたので、
私が外に出るのを嫌っていました。
死ななければ家に閉じこもる、
死んでも私は学会員による友人葬(会員が経を読んで葬式をすること)。
どんな風に死んでも、どんな風に生きても、
どっちにしろ、学会の思うつぼ。
だったら、退転者と言われようが、反逆者と言われようが、
生きたほうがまだいい、と。
それから私は、自分が生きるためにどうしたら良いか考えました。
まずは心療内科。とにかく生きるためには必要だと判断。
そこで精神科の先生に話を聞いてもらい、
今の状態を診断して薬を処方してもらいました。
それに、通院してみると、患者さんはみんな本当に普通で、
一見、精神的に問題を抱えている人には見えないのです。
うじうじ考えるより、全くもって産むが易しでした。

その薬を飲み始めて、徐々に精神的な落ち着きを取り戻してきました。
落ち着いてくると、周囲のものが冷静に見え始めました。

好きな本を読む自分。
楽しいテレビ番組を見て笑う自分。
気に入っているCDを聞く自分。
そんなたわいもないことが、とても幸せに感じてきたのです。

今まで1000万票獲得の戦いとか、
折伏何世帯の戦いとか、
署名を何万人集める戦いとか、
それはとても大きな規模の目標や戦いを掲げ、
ずっと生きてきました。
そういうものに隠れていた、小さな幸せ。
いつもなら普通にやっていたことが、とても幸せに感じる。
これが世間一般の幸せなんだ、と思った時が
私が一般人としてのアイデンティティを持ち始めた瞬間でした。

ここに来てこのブログを読まれている皆様の中に
もしかしたら、自分の境遇に嫌気がさし、
死ぬことを考えている人がいらっしゃるかもしれません。

死ぬのは、絶対にやめてください。
一人で解決できないのであれば、私にメールを下さってもかまわないし、
心療内科へ行って、話を聞いてもらうこともできます。
話をすることによって気持ちに整理がつき、
物事を主観ではなく、客観的に考えることが出来るようになります。

それに、考えてみてください。
自分の最期の全てが学会に悩む自分だったなんて
悲しすぎませんか?
嫌気が差した学会の為に死んでいくなんて、
私だったら絶対に嫌です。
学会は数年前、
「21世紀になったら、精神病者が増える。
その人たちを助ける学会でありたい」と言いました。
しかし、いまやその学会自体が精神病者メーカーです。
本当に本末転倒、
自分のやっていることが、学会はわかっているのでしょうか。
私は学会なしでも普通に幸せになって、
そして、ちゃんと一般人として復活できたフロンティアとして、
そして学会被害者の味方になって
一生をかけてでもそのたくさんの人の心の病んだ部分を理解したい。
そう思うのです。

どうか、一人で悩まないで下さい。
仲間は潜在的にたくさんいます。
かつて一緒に戦っていた仲間の数人も、
今は組織についていません。
私と同じく、組織に嫌気がさした人たちです。

私はここに来てチャンスが訪れていると思います。
組織が未活動者になってしまった人に対して、
すこし監視を緩めている感じがします。
先日もお話しましたが、活動家が増えていないのです。
このままで行くとお布施もふえないので、
いつ発心するかわからない未活動家も
とにかく脱会しない様に多めに見ている感じがするのです。
私はそのチャンスを使って、本格的に
学会員との交流をやめます。
少年部の頃からの内部の友人などは、
私を察してあたらず触らずで付き合ってくれる人もいます。
しかし、誰か1人に話をすると四者筒抜け。
(四者とは壮年部、婦人部、男子部、女子部です)
勝手に話が流れていて、何でこの人が知ってるの?ということが
日常的にあるので、秘密は守られません。
恐ろしいほどの団結、連絡網です。

posted by ありさ at 00:00 | TrackBack(0) | 格納 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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