2004年11月06日

一家和楽(いっかわらく)

この言葉を聞くと、大体読んで字の如くで、
「仲の良い一家」「楽しい一家」など浮かんでくることでしょう。
これは年がら年中、創価学会で言われている指針のひとつです。
「お父さんとお母さんを大切にしよう」とか、
「家族のお手伝いは進んでしよう」とか、
その指針は小さな頃から別の表現で教え込まれますが、
最終的にはこの言葉に収束します。

一見、まっとうな子供のしつけに見えます。
しかしながら、この言葉は
相当のマインドコントロールを受けている家庭でしか
作用していません。
というのも、のらDOGさんが言われている通り、
和楽にしようとしても、
学会の家族において、
家族の中に常識がある者がいる場合、
絶対に和楽にはならないからです。

和楽、和楽、と教え込まれると、
一家が仲良くしていないとダメと思うようになります。
普通の家族なら、喧嘩とかちょっとした反抗とかを
してしまうときもあると思います。
しかし、これを教え込まれていると、
病的に両親を大切にしなくてはいけないと思うようになったり、
自分の言いたい事を抑えたり、
欲求を抑えたりしながら、家族と付き合っていかなくてはいけません。
これが「コントロールされている状態」です。

学会は家族に「仲良く」して欲しいのです。
そうすると未来の人材が育ち、
会員数の面でも学会の末が安泰なのです。

だからと言って、私は仲たがいを促してはいません。
おかしい、と思ったら、おかしいと言ってもいいことを
わかって頂きたいのです。
もし「おかしい」と感づいたら、
その気持ちを押し殺さずに、自分に素直になって下さい。
押し殺していると、「一家仮面和楽」になります。
演技を続けようと思っても「仮面」、
続けなかったら、もちろん一家和楽にはなりません。
どっちにしろ、なり得ないのです。

私の家では、現在、母のみが活発な活動家です。
父は私の知らない所で常識人に変貌したのか、
時々会合で自分の発言の番になると、
「私が会合に出かけようとすると、娘が悲しそうな顔をして
また行っちゃうの?と聞くんです。
それを思い出すと今でも悲しいです」
などと堂々と言っているのと見かけました。
私はそれを聞いてとても嬉しかったです。
見捨てられてなかった、と。
それから何かあると父に相談をするようになりましたが、
やっぱりコントロールの影響が残っているのか
「折って伏せる」様な言い方をする時があります。
そういう時は無条件に無視します。勿論。
母とは人間の会話ができないので、会話はありません。

posted by ありさ at 00:00 | TrackBack(0) | 格納 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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