2004年11月04日

御書の不思議

私が思う学会の最大の勝手は、
御書をコントロールしていることです。
御書とは、日蓮聖人が信者に宛てて書いた手紙を、
一冊の本にしたものです。
その中には信者への励ましや、信仰の指針が書かれています。
学会がそれをコントロールしているというのは、
組織活動に都合の良い解釈を信者に流しているということです。

年末の御供養(いわゆるお布施)が近くなると、
「御供養をすると幸せになる、功徳が積める」という御書が必ず出てきます。
内容はこんな具合です。
<<どうしても御供養をしたい。
でもあげるものが何一つもない。
だから土で団子を作って差し出したら、
「その気持ちが大切だ」と言って喜んでくれた。>>

この話を聞いて、会員は感動します。
それはマインドコントロールのたまものです。
人のために走ることこそ美徳とされている組織。
嫌なことでも上手い口でまるめこんでやらせ、
イヤと言えば「薫陶」「試練」「宿命転換」と何かにつけ言われます。
幹部の人達はいつも、
(本当に思っているのか?わからないけど)
池田先生は自分たちのために動いて下さっていると言い、
だから、先生をお守りするためにがんばれと。
そういう環境の中で好きとか嫌いという、
人間として根本的な感覚が麻痺してしまいます。
ですから、土団子でも人を想う気持ちがあればOKという物語に、
(植えつけられてしまった)自分の理想とオーバーラップし、
多額のお布施をしてしまいます。

一口1万円の所、私の両親も一度に100口以上のご供養をしていました。
私は22歳の時に就職してから毎年払い、
健気にも一年で一口づつ増やしていこうと思っていました。
(おばあさんになる頃には毎年いくらすることやら)
若干20代半ばでたいしてお給料ももらっていないと思う仲間が、
100口やりましたという話を聞いたこともあります。
現在ではもうそんな話は笑うしかないです。
学会の資産は、銀行の頭取がどこよりも早くご挨拶に来るくらいですから。
私一人お布施をしなくたって、この先何十年も十分組織を維持できます。


そして、会員に害のある内容は御書に載せていないという話は有名ですが、
「女子部は御書を武器に!」「御書根本!」
と言っておきながら、
座談会(1ヶ月に1回、組織の老若男女が集まる会合です)では
上で申し上げた様な、組織にプラスになるものを勉強し、
長文でもう少し高度な書は、2ヶ月に1度しか勉強会はありません。
それ以上に、難しい言葉で書いてあるので、
みんな講義に出ると、下を向いてほぼ寝ている状態だったり、
違うページの会員の体験談などを読んでしまっています。
居眠り続出の中で講義をする方にも同情したいのですが、
教える方も理解が浅いのが実情で、
質問をしてもちゃんと答えは返ってこないし、
「勉強不足でごめんね。みんなと一緒に勉強しているから」
等と言って、ごまかされます。

ここが学会の、会員を留めておくためのしかけです。
御書、教義一般は、もし突き詰めて勉強をしてしまうと、
学会がどれだけ組織中央部の私利私欲の掃き溜めなのか、
理解をしてしまいます。
言っていることは大義名分、やっていることは商売。
これが学会の本当のところです。

私が最近思うことは、どうせやるなら会員の方々は
思い切って信仰を突き詰めてみるべきです。
指導を受けまくる、同時中継を聞きまくる、
御書を読みまくる、そして矛盾を知る。
そのステップを踏まないと、
本当の意味でのマインドコントロールからは開放されません。
深いコントロールは、それなりに深い理解に基づいて
解決されないといけないのです。

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お引越ししました

まだブログを立ち上げて1週間ほどですが、
ブログ存続の為、こちらへお引越ししてきました。
ブックマークをして頂いていた方、ごめんなさい。

いつまでこのブログを存続できるかわからない為、
これからは、書きたいと思ったことを
一日に何度でも書いていきたいと思います。

posted by ありさ at 00:00 | TrackBack(0) | 格納 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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